GTOにも金八にもヤンクミにもなれなかった人のブログ

主に国語(現代文・小論文)の授業について

垣内の小論文講座 第2回

お世話になっています。垣内玲です。

 

rei-kakiuchi-kokugo.hatenablog.com

 

前回からかなり時間が空いてしまいましたが、小論講座の第2回です。今回も1名、投稿を頂きました。ありがとうございます。

 

本文解説&解答作り

今回今回書いてもらったのは首都大学東京(2015)の現代文第3問、課題文は玄田有史氏の『希望のつくり方』でした。

前回の長田弘さんの文章もそうですが、言葉は柔らかくても内容はそれなりに高度で、しかもあまり論理的にも明瞭とは言い難い文章なので、ポイントがどこにあるのかが見えにくかったかもしれません。

 

挫折や失敗の一切ない物語はありません。あったとしても、おもしろくありません。その人が挫折を乗り越えるという体験があって、はじめて未来を語る言葉に彩りは増します。

 

古典作品の多くがそうであるように、語り継がれてきた物語は、どこかつねに相反する両義的な要素などが含まれ、そこに多様な解釈の余地が残されています。

 

この辺り、筆者の論旨が一貫しているようなそうでないような、それこそ「両義的」な解釈の余地があり、それがこの文章のある種の魅力でもあります。しかし、一方で受験生としては400字という少ない字数で採点者に自分の意見が伝わるように書かなければならないわけですから、課題文をひとつの視点から読み解き、自分の主張もひとつのポイントに絞ってコンパクトにまとめるという工夫が必要になるでしょう。

 

私の考えるところでは、①失敗や挫折を乗り越えた物語が将来への「希望」につながるというポイントか、②物語には多様な解釈があり得、それが「希望」につながるというポイントのどちらかにスポットをあてて本文を要約し、それに対する自分の考えたことを述べるという形が最も無難でしょう。

 

「本文の要約→それを踏まえた自分の意見」という構成で小論文の解答を作るときに、どうしても「要約」のなかからこぼれ落ちるものが出てきてしまうのは避けられないことがあります。要約という作業自体、本文の何かを切り捨てるものですから、要約した内容が、本文中のそこそこ重要なポイントを切り捨てているということ自体は致し方ない部分がある。問題は、何かを切り捨てて作られた「要約」が、出題者の意図に沿ったものであるか否か、です。

この問題に関して言えば、いわゆる文系不要論への批判を意図した出題なのかなという印象が私にはあります。したがって、大学で学ぼうとするものとして、「物語」の価値を理解しているのだということを出題者にアピールすることが出来れば、最大の関門はクリアしたことになるのではないかと考えます。

 

投稿された解答とフィードバック

それでは、投稿された解答を読んでみたいと思います。前回も投稿してくださった方で、便宜上西村様と名乗って頂いているので、記事内でも西村様と呼ばせて頂きます。

 

現在、社会はより自由になり多くの希望が示されるのに対してそれに付随する物語は貧しくなっている。例えば、彼女が欲しい一人の男性。彼に示される希望は、一つに筋トレがある。筋肉は心理学の研究成果も示すように、魅力的な男性の大きな要素である。さらに科学の示す効率的な筋肉の発達が彼をマッチョにし、結果、彼女ができたとする。この一連の流れに物語はあっただろうか私たちは希望を結果と履き違え物語欠乏に陥っている。物語を重視せず目先の結果ばかりにつられることは私たちが自由になった証でもあるが、自由は結果を着飾るためではなく、自分自信の物語をより豊かにするためにあるのだ。私たちは絶対的に自分の人生を生きる。その上で、他人との比較でしかない「結果」が、その人限りの物語に比べなんとちっぽけなものか。どんなちっぽけな「結果」しか得られなくとも、たった一つの物語こそが真に価値のある人生なのだ。

 

現代社会の一面をよく捉えた内容だと思います。西村様が書こうとしていたのは「社会が豊かになって自由は拡大しているはずなのに、人々は似たような価値を追求しているために“物語”は貧しくなっている」ということでしょうか。國分功一郎の「贅沢を取り戻す」という評論を思い出しました。

 

さて、フィードバックですが、
本文との関連をより明確にしたいですね。筆者は「過去の挫折や失敗などの紆余曲折を無駄なものと切り捨てることなく、物語として語ることが出来る人間が将来に希望を持つことができる」ということを言っています。解答もその筆者の主張に関連したものであるべきなのです。

西村様の解答は、単独の作文として読むかぎりはよくできた作品なのですが、筆者の主張との関連が不明瞭だと、小論文(これは現代文ですが)の「解答」としては成立しないんですね。小論文にせよ現代文にせよ、文章を読ませた上で何かを書けと要求しているということは、その文章を読んで理解しているということがはっきりとわかる(採点者に「自分はこの文章を理解した」とアピールできる)内容に仕上げたいところです。

 

用語の定義をわかりやすく読者に伝えられると良いと思いました。文字数が400字と少なめであるということを考えると仕方のない部分もあるのですが、西村様のいう「物語」「希望」「結果」という語の文章中での意味についての説明が曖昧になっていると思われます。

例えば冒頭の

 

社会はより自由になり多くの希望が示されるのに対してそれに付随する物語は貧しくなっている

 

という部分、

「希望」というのは、後の文章から想像するに「多様な生き方の可能性」というような意味かと想像されるのですが、ここには具体的な説明が欲しい。「それに付随する物語」という言い方も、どうも西村様独自の定義を持って「物語」という語を用いているように見受けられます。筋トレをしてマッチョになって彼女を作ることがなぜ「物語欠乏」と言えるのか、この場合「欠乏」しているのはつまり何なのかを説明する必要があろうかと思います。

 

今回もレベルの高い解答で楽しく読ませて頂きました。また近いうちに第3回を企画しようと思いますので、よろしくお願いします。